「一杯のコーヒーはインスピレーションを与え、一杯のブランデーは苦悩を取り除く。」という名言を残すほどベートーヴェンはコーヒーを愛していたようです。

画像
コーヒーの伝播とコーヒー器具の開発

では、ベートーヴェンはどんなコーヒーを飲んでいたのでしょうか。
当時ヨーロッパで入手可能だと思われるのはエチオピア、イエメン、インド(イギリス)、ジャワ島(オランダ)、マルティニーク島(フランス)、ブラジル(ポルトガル)、ジャマイカ(イギリス)、コロンビア(スペイン)などです。(括弧内は植民地時代の宗主国です)普通は自分の植民地のものを使うものなのですが、当時のドイツの植民地はタンザニア、ルワンダ、ブルンジなどで、後にはコーヒーの産地になるのですが、ベートーヴェンの生きていた時代にこれらの国々でコーヒーが栽培された記録はありません。(タンザニアのキリマンジャロは20世紀になってから本格的に栽培開始)ですからエチオピア、イエメンなどの豆を使っていたと思われます。

ではどんな器具を使ってコーヒーを淹れていたのでしょうか?
有名なのは毎朝コーヒー豆を60粒数えていたという逸話です。
ミルはトルコ式のミルが遺品に入っていたそうです。

画像
ベートーヴェン訪問

当時の証言が2つ残っています。
1812年、ピアノ教師フリードリヒ・シュタルケはベートーヴェン宅を訪れて非常にうまいコーヒーだけの朝食(ベートーヴェンみずから「ガラス製のコーヒー沸かし」で立てる習慣であった)を楽しんだ。(「ベートーヴェン訪問」白水社M・ヒュルリマン編、酒田健一訳P46)
また、1816年7月27日に医師カール・フォン・ブルシーはベートーヴェン宅でベートーヴェンは書きもの机で一枚の楽譜用紙に向かい、「コーヒーを沸かしているガラス製のフラスコ」を目にしている。(「ベートーヴェン訪問」白水社M・ヒュルリマン編、酒田健一訳P134)
耐熱ガラスはまだ発明されていなかったので、割れやすかったのだと思いますが、イブリックの代わりにガラスの器でコーヒーを煮出していたようです。(この時代の記録に「トルココーヒーのようにポットで煮出す」という表現はいくつか見受けられます。)
何回か60粒数えて計量してみましたが、パカマラ種などの大粒の豆では12gになることもありますが、当時のサイズはスクリーン14位だと思いますが、それだと7g位になることもありました。
トルコ式ミルで小麦粉のように細かく挽いて煮出す方式だと7g位で濃度的にはちょうど良いと思います。
別にこういう証言もあります。
1822年、ウィーンに滞在したダルムシュタットのヴァイオリニスト(後に作曲や指揮者も)ルイ・シュレッサーは回想記でベートーヴェンを訪問した際の思い出をこう語っている。「コーヒーは最近考案されたコーヒー沸かしで淹れ、しかもその構造を詳しく説明してくれさえした」(「ベートーヴェン訪問」白水社M・ヒュルリマン編、酒田健一訳P94)
1819年にMorizeという名のフランス人によってcucumellaという器具が発明されたという記述を英語のwikiで発見しました。
コーヒー沸かしというとイブリックやマキネッタやパーコレーターが浮かびますが、「最近考案された」「構造を詳しく説明」という記述にぴったりと合うのはこれだけです。
cuccumellaは現在でも入手可能(日本でも売っている)なので取り寄せてみました。以下はクックメッラの構造の説明です。

画像
ボイラー部

最初のパーツはボイラー部です。
この器具は一人用のもの(150c)なので、ここに150ccの水を入れます。

画像
フィルター部

次のパーツはフィルター部で、ここに15gほどの中細挽きの粉を入れ、蓋(この部分がフィルターになる)をして一回り大きなボイラー部に入れます。

画像
ボイラー部にフィルター部を挿入
画像
フィルター部に蓋をする
画像
サーバー部を乗せる

最後にサーバー部を上にして、火にかけます。

お湯が沸騰すると蒸気が出てくるので火を止め、上下逆さまにします。
すると上部に来たボイラー部のお湯がフィルターを通してサーバー部に抽出されます。

画像
クックメッラの使用法

マキネッタはフィルターバスケットを通して蒸気圧でお湯が上部に上がっていきそこで抽出が起こりますが、クックメッラは人力でひっくり返すことで、ドリップが行われます。
ひっくりかえして4~5分で全てのお湯がサーバーに落ちます。
ですから味的にはマキネッタで淹れたコーヒーよりも金属フィルターでドリップしたコーヒーに近いです。
微粉はサーバーの底にたまりますからカップに入れたときにはマキネッタより少なくなる感じです。

まとめると
1 60粒の逸話はトルコ式に近い形でガラス器で抽出していたときのもの
2 シュレッサーの証言に出てくる「最近考案されたコーヒー沸かし」はクックメッラで、その際に使用する豆は増えていた
我々もサイフォンからペーパーフィルターのドリップに切り替えるなどしますが、新しもの好きで音楽に革新的な変革をもたらしたベートーヴェンならコーヒーの淹れ方にも様々な工夫を凝らしていたのではないでしょうか。